revenge ~from bad end~    サオトさま作品



revenge ~from bad end~




 いいようにフィルを犯した後、アトリウムであじわった屈辱・・・

「あれはじつにいい尻をしていますからな」

「あいつは笑ってますよ。あんたを手玉にとっているんです」

「あの男は頭のいいやつでね。自分のさせたいように、われわれの気持ちを持って行くのがうまいんです。
いやがってみせたり、うつむいたりね。そうやって痛い目にあわないようにしているんです。
あのワルめのからだには、ほとんど火傷も鞭傷もないでしょう。したたかなものですよ」

 問題犬なのは家令に言われていたし分かっていたが、あやつられていたのが、自分だと笑われて屈辱が身を焼いた。今にでもすっ飛んでいって、鞭でポルタ・アルビス送りにしてやろうか。
 もどかしさに胸が焼ける。


 夜、他の犬に会うことも気が進まず、ドムスでひとりブランデーを傾ける。
 このまま手放すことも思ったが、どうもやりきれない。

(そういえば、フィルはパテルの所有という話だったな)

自分で調教する気もなく、飼う気もなく、殺す気もない。
・・・ヴィラで生かしておくことが目的?
・・・野外奴隷になることをよしとしない?

「頭の良いやつでね」

「自分のさせたいように、われわれの気持ちを持っていくのが」

 あるいは、自分の庭でフィルが犬になっている姿を見ることで溜飲が下がる何か・・・?
 いずれにせよ、それぞれが一つの可能性でしかない。

 ヴィラを訪れる主人たちへのお遊びの可能性もある。

 問題犬であるのは間違いないにも関わらず、成犬館に安くない価格を据え置いて、いつまでも置いている理由。
 しかし、スタッフも手を焼いている以上、今を逃せば二度とあの犬を服従させる機会はない。

 口元がが歪んだのを自覚した。

 あふれた苦笑は胸の燻りを幾ばくか含んだものだった。

 調教権は年次契約だ。まだわたしの時間はあるが、ごり押しされる可能性もある。が、ヴィラに秩序は絶対だ。

 わたしに残された時間が、もしかしたらフィルにとっても残された時間かもしれない。

*****


 成犬はたいがい暇だ。

 主人はヴィラをでればそれなりに仕事をしていて、ここにはバカンスにくる。そうなると、よほど金と暇を持てあましている者でなければ、まめに来たりはしない。

(次、しくじらないように、どうやって逃げるか)

 仕事をうまく運ぶために、自分を殺すことなどどうってことはない。

 だから、笑顔で他社を他人を陥れることもしてきたし、蹴落としてもきた。

 人は名前と能力さえ分かっていればいい。組織にとって歯車にすぎない。
 ここだってそうだ。名前と個性を把握し、主人が選び区切られた時間を楽しむことを目的とした組織だ。

 今の「主人」は扱いやすい方だ。すぐに思う方に転がってくれる。
 「主人」が自分を抱くときの癖、扉までの距離、隙を突いたときに見せる反応、そして、ここからでるときに必要な物、出たあとの追っ手をかわす情報が俺の手駒であり武器。

 しくじって射殺されるならまだいい、射殺されなくても殺されるのが先に見えているならそれでいい。

 ここでは生きていたくない。【行動目的の原因・理由】を理論立てて説明するのは、俺にしては珍しいが、難しい。が、敢えて言うなら生理的嫌悪。
 死んでここを出るか、生きてここを出るかが、今の仕事だ。

 快楽に溺れ、また主従ゴッコに溺れるなんて幻想。そのプロセスと幻想がここの商品。そこで得られるものに主人らは対価を払い、犬は生命と生活の保障を得る。そういう商売だ。

 だが、人間は、生まれて死ぬまでにどれだけの成果をだせるかが全てだ。

 主人を喜ばせ自分の生命と生活の保障を得るだけのことに、しかし俺は満足しない。

 生きていることを実感できないからだ。「ただ生きているだけ」に価値を見いだせない。

 そんなことに価値はない。そして、そんな自分に価値はない。

「フィル」

「っご主人様」

 まさか昨日の今日でセルに直接くるとは思っていなかった。
 あわてて足下に飛びつき、靴にキスする。

 失態だ。通常、来る前に連絡があるはずだが、そんなことは言い訳にならない。

「良い子にしていたか?昨日は少し無理をさせてしまったかな?」

 本当に心配しているのかどうか知らないが、哀れんでいるような視線を感じる。すぐさま、失態を挽回する気に入りそうな仕草と台詞を吐き出す。

「いいえ、今日はお越しの予定ではなかったので、びっくりして嬉しくて・・・」

「そうか」

 視線がとたんに和らいだ。こいつは馬鹿かとなじりたくなる。

 首とぽんぽんとたたき、顎をとって上を向かせる。
 キスが降りてくるのだと口を軽く開き、舌を待っていると、意外にも唇の上下をつまむ軽いものだった。
 驚いた表情を出すと主人は苦笑した。

「いや、今日はせっかくの休みなのに少し仕事が入ってしまってね。おまえの顔を見て厄落とししとかなければと思っただけだよ」
 まるでままごとのやりとりに胸の奥がチリッと焼ける。

「でも、そうだな。ほかの仔だとおとなしく待っていられないだろうが、お前ならおとなしく私の足下で仕事が終わるのを待つかい?私のドムスへ連れて行ってもよいかな?」

「はい」

 俺は満面の笑みで答える。「主人」の後ろで相変わらず雲突く大男のアクトーレスが渋い顔をしてうなずいた。

 当たり前だ。俺をここから出そうとした人間は高い確率で俺を脱走させている。

 そのデータもその話も見て聞いてるはずなのに、愚かだ、と。

 主人は、アクトーレスに俺のリードを引かせ、ヴィラの中にあるというドムスへと向かった。久しぶりの外だった。アクトーレスは俺が逃げるかもしれないと緊張しているようだが、今日は逃げる気はない。ドムスまでのルートをしっかり覚え、屋敷内を探索し、今後役立つ物を探しておかなければならない。

 個人所有のドムスにはボディーガードも兼ねているような屈強で物腰の堅い執事と使用人が数名いると「主人」が説明した。
 犬は、今俺しかいないようだ。

 アクトーレスはあまりいい顔をしなかったが、くる途中携帯に呼び出しが入ったらしく、執事にリードを渡し次の仕事に向かった。

 主人は書斎に入りデスクについた。あとをついた執事が俺のリードを壁のフックにかけお茶を用意した。もちろん俺には犬用の皿にだ。

 存外、リードを外さないのは警戒されているからかもしれない。

「良い子にしておいで」

 主人の膝に頭をのせ、なでる手をそのままに、俺は観察を始めた。

 PCは机に埋まっているらしく、キーボードが見えない。俺の目線は膝をついているためわずかにデスクの下だ。もどかしいが、ここでのぞき見でもしたらさらに警戒される。

 キータッチの音がしないから、タッチパネル式か?「認証しました」の機械的な音声がし、機械音がする。

 数分手を動かしながら、画面をにらんでいた主人が邪魔になったのか、俺のうなじをくすぐり紅茶とお菓子でくつろいでいろという。

 紅茶は利尿作用が強い。あとのプレイがもう始まっているのか。げんなりした思いで、少しなめ、柔らかなラグの上に伏せて部屋を観察する。
 デスク周辺にわずらわしいPCの配線は見えない。家具のなかにでも通してあるのだろう。ヴィラでは犬の反逆や自殺を押さえるために、極端に無駄な物を排除している。

 まず、日常使うものはコップ、皿など全て樹脂製、俺の場合、歯ブラシも食事とともにだされ食事とともに返さなければならない。本などの紙媒体もまず見かけない。セルで犬がさわれるものはごく限られている。古い映画やドラマなんかはベッドサイドに埋め込まれているリモコンを操作して自由に見れるが、興味がない。

 しかし、この主人も無防備にほどがある。さきほど認証時に手をかざしていたから、おそらく指紋か静脈認証。PCを使うなら、彼を昏倒させなければならない。

 後ろに本棚があるから、じゃれるふりをして頭に本を落としてやるのも手だ。

(俺が持っていた株は・・・)

 社では失踪扱いになったとき、退職金や給与は?

 両親に委譲されているのだろうか。ネットに自由にアクセスできる環境を目の当たりにして、焦りともどかしさ、苛立ちを感じる。こんなことなら、管理人に弁護士を立てておくべきだった。自分の安全に過信しすぎていた、と、何百回目になるか分からない後悔が募る。

 ・・・前に両親に会ったのは何年前だ?仕事ばかりでクリスマスも感謝祭もしばらく帰っていない。電話も5分超えれば忙しいで終わらせていた。

 だが、就職したときも、引き抜きにあったときも喜んでいた。忙しくて滅多に帰れないことを嘆いていても、それだけ世の中に必要とされている証拠だと、自慢の種だと言っていた。

 頭の中がささくれ立ってきていたのを感じた。

 ずっと考えないようにしていたのに、久しぶりに人らしい生活の場を目の前にして高ぶっているのかもしれない。

 情報が欲しい。館内を動き回れないだろうか。

 「犬」がわがままを言うのを好む奴と好まない奴がいる。たぶん、こいつは前者だ。

 しかし、プレイ以外のわがままを好むのかどうかはまだ見極めがつかない。

 視線はいつの間にか本棚に向かい、タイトルを追い始めていた。

 古今の経済論が大半を占めていたが、窓際から3番目の棚の下の2段はコナン・ドイル、アガサ・クリスティー、アラン・ポー、トルーキン、ローリング・・・探偵小説やファンタジー・・・

 自ら好んでいるのだろうか。それとも実は子供もここに出入りしているのだろうか。

(よくわからない)

 いわゆる上流階級に属する人々というのは、たとえ理解していなくても戯曲などの傑作を読んでいる、知っているというそぶりをしたがるものだ。アピールに人を招き入れる書斎に全集を並べるとか。

(まったくわからない)

 俺は胸の中で再度つぶやいた。

「フィル」

 突然呼ばれて驚いた。

「は、はい」

 まだ、ここにきて15分くらいだ。

 もう、仕事が終わったというのだろうか?俺はなぜか焦りながら、「主人」の膝に頭をのせる。
 「主人」は俺の腰に手をやり、自分の膝の上に俺を後ろから抱え込むように座らせた。

 PCをのぞき込んでいいものかどうか迷い、PCを見ないようにして「主人」の顔を見る。まさかここでこのままプレイするのかと苛ついていたら、「主人」はゆったりとした動作で俺の腹をなで、俺が顔を向けているのに視線をPCに移したまま、・・・俺に解説を求めた。


*****


 内にくる衝撃とはこの種のことなのだと思った。
 これほど驚いたのは、最後に会社に行ったとき以来だった。

 そして、これだけのことに驚くほど時間が経ち、ここの生活にわずかなりとも順応していたことを証明していて、ひどく不快だった。

 夜、興奮して寝付けなかった。

 あの後「主人」は俺を抱かなかった。仕事に思ったより時間がかかるらしい。

 今日は、奴の館にいって、紅茶を飲み、書斎を把握し、奴の仕事ぶりを見ただけ、1時間程度で執事に連れられ帰された。

 ・・・俺はあのとき、当時最新鋭だった商品を説明し、ライバルだった会社の新製品と旧製品の違い、セールスポイントを解説させられ、ほか何社かの同じ種類の機械の目的、各環境における必要度を比較した。

 デスクから離れてだいぶ経つが、必要な情報はカタログを見た途端に頭に再生された。

 親しんだ習慣は久しぶりで若干もたついたが、素人相手なら十分すぎるほどできた自負がある。その満足感は、俺を高揚させる。

(・・・1年半)

 一生においてそう長くない時間だが、仕事を行う時間としての価値は人生のそれより数倍異なる。

 実はポルタ・アルブスに行くのは嫌じゃない。医療系の機械や薬品をみることができるからだ。

 そして、ここはプレイでできる非常識的な傷やけがが多くまた、客がそれなりに上流なため、それだけ特殊な機械や最新のものをみることができる。
 物とそれを使う人間を実地で観察しながら、市場の移り変わりに少しでもふれているつもりだった。

(・・・つもりでしかなかったな)

 事実が追い打ちをかける。もっと情報が欲しい。ここからでたい。仕事がしたい。PCに浮かび上がった文字を追った瞬間から、心のどこかに火がついた。

 焦燥と渇きで身を焼かれていた。


***


「・・・」

 担当のアクトーレスはレコーダーのカウント毎に、眉間にしわが寄せていた。

 私は、そんな彼を観察しながら、上の寝室に置いてきた犬を思っていた。今頃、拘束された手足をふるわせバイブに身もだえているだろう。今回のヴィラへの来訪で、今日フィルの予定はいれていなかった。私にはフィル以外にもかわいい犬が何頭かいる。
 しかし、昨夜この身に熱がわいた。鉄は熱いうちに打つべきだ。

 スクリーンの映写が終わり、自動的に照明がつくと営業スマイルに失敗している彼が私を見た。

「フィルを買い取り、野外奴隷にされることをご希望でしょうか?」

 少しこわばった声で会話が始まる。

 実は私はこの瞬間が好ましいと思っている。駆け引きが始まるその瞬間。終わりに向かって物事が動き出す瞬間。

 人間だけなのだ。区切りのない時間の中、目的を明確もつことで、その始点と終点を見定めることができる。その過程を楽しむことができる。

「いいえ」
 不可解な顔。よく客の前でそんな顔をするものだ。

 彼の頭の中で、私は「愚かな主人」と今評価されている。そして、「愚かな主人」がする行動は彼らはよく知り、注意している。

 自分が客に対して不用意な提案や発言をすべきでないと理解しているこの優秀なアクトーレスは沈黙を守り、私の発言を待っている。私は、ブランデーをゆっくりなめ、柔らかな表情、仕草、声を意識して切り出した。

「フィルの調教権は今わたしにあり、それをわたしが手放さないかぎりあと数ヶ月、契約が切れるまで誰も調教できない。間違っていませんね?」

「はい」

 今夜急に彼が私を訪れたのは、昼間の私の不可解な行動を見極めるためとうまく運んでフィルの調教権を売らせようとしているからに違いない。

 問題犬に溺愛している愚かな主人により、当然ヴィラが損失をかぶるわけにはいかない。
 近々こうなることを見越した上で、昼間フィルをここに呼び、ヴィラにくる前の仕事を思い出させようとするかのようにさせその一部始終を録画した。そして今、彼に医療関係の機器と薬品について解説と戦略について話させたビデオを何もいわずに見せた。

 彼の頭の中が混乱しているのも、予測通り。

「それが、パテル、パテル・ファミリアスであっても?」

「・・・」

 今自分は苦い顔をしているに違いないとアクトーレスは思った。

 難しい客に当たってしまった。と後悔したが、どうしようもない。直接パテルの所有だとこの「主人」に話した記憶はないが、人の口に鍵はかけられない。
 パテルの意志はヴィラにおいて何よりも優先される。それは、ここにいる全ての人々が暗黙の内に承知していることだ。それを敢えて問いただされるその意図。

 苦労して、言葉を選び出す。

「・・・ヴィラの秩序はヴィラにいる全ての人々の尊重に値するでしょう。彼らは秩序を維持することでヴィラが安全に利用され信頼されることを理解し、それを望んでいます。パテルの権限についても同様と思われます。ただし、フィルはパテルの財産です」

 まったく予測通りの答えだ。

(客の機嫌を損ねないように、上手く言葉を選んだな)

 言外に、パテルがヴィラを崩壊することを望んでない限り、それなりに彼らも自分らが作ったヴィラのルールを(それなりに)遵守する気持ちはあるかもしれない、が、フィルはパテルの財産であるために通常よりもずっと横やりが入れやすいということ。

「了解した。ところで、さっきのビデオをみて、君はどう感じた?」

「・・・できれば、あのようなことはされるべきではないと思います。フィルはご存じの通り、逃亡歴のある犬ですから」

「あの仔は、表面上の社交性はあるが、親しい友人はいない、むしろ人に恋人にさえ自分のプライベートをさらけださないタイプだな。あの仔にとって人間の価は仕事の成果や社会評価でしかしない。その価値をもとに、自分にとって都合が良いかどうか、使えるか・使えないかで判断しているだろう」

「勤勉で仕事熱心なタイプだと思いますが、かえって仕事のことを思い出させては・・・」
 いきなり話を方向転換させられ、アクトーレスはさらに動揺する。

「君らのやり方は理解している。ああいう仔はここで何年か過ごしている内に絶望してくる。自分のなかに埋もれていた性癖を発見し溺れたり、あるいはあまりに社会に関わってこなかった時間を思って、復帰すること自体を、また変化しただろう自分を社会にさらすことを恐れる」
 隔離された環境というのは、予想以上に精神に圧力をかける。まして、それぞれの環境に対応し群れようとする本能が働きかける。

「しかしね、フィルは人間を理解していない。つまり、愛とか憎しみ、寂しさといった感情がどれだけ甘美なもので、それが人を人たらしめているかを知らず、使えるか使えないかの評価だけでどう立ち回るかということを考えているだけだ。まるで思考のできる、つまり人間並みに応用がきく機械に過ぎない。・・・ヴィラは人間であることを最大限謳歌する場だ。フィルの見方、知性では当然受け入れがたい」

「・・・身体にいってきかせますか?」

「ふふっ、あの仔は身体が強くないと言ったのは君じゃないか。次からやり方を変える。もちろん、君の協力が不可欠だ」

「それは・・・」

「まぁ、こちらの要望を先に明かさせてもらおう。それを聞いた上で判断してくれればいい」


 客の要望に最大限答えつつ、損失をできうるかぎり最小に押さえるのもアクトーレスの仕事である。

 帰り道、今日の疲れを引きずりなからアクトーレスの脳内では興奮気味の思考が紡がれる。

 実際、フィルは自分の手に余ると感じている。あの賢しい頭脳は快楽に溺れることはなく、どこが安全かを把握したうえで、ヴィラで唯一武器となる自分の身体を最大限に活用した戦略を練ることができる。いっそのこと薬漬けで腰ふるだけの犬にしてしまったほうがどれだけ魅力的だろうと思っていた。

 今の「主人」が調教に失敗し、また逃亡すればおそらくフィルに後はない。プロの調教師に引き渡されるか、地下に行かされるか、トルソーにされるか、薬漬けか、・・・あるいは殺処分も可能性にあげられる。

 今夜話を聞く内に、そうなる前にこの主人に賭けてみてもいいかもしれないと思い始めていた。
 今夜のやりとりで今までにない瞳の色や口調が彼の本気を伝えていた。肌に感じた彼の心に一気に傾倒した自分を感じている。

 ただ一方的に快楽を欲する主人ではない。もともと犬の性質を理解し、クラッシャーのように一方的に無理をさせないが辛辣だが愛情深く調教に挑むと聞いていた。今回、話にきいていた人柄とだいぶ異なったため、拍子抜けさせられたがひょっとしたらそれすら彼の作戦だったのかもしれない。

(・・・家令に報告と相談をしなければならないな)

 人が人を見るときの見方の違いをまざまざと見せつけられた。観察眼は並大抵のものではないだろう。だからこそ、このヴィラで大手を振って歩けるパトリキの一人なのだ。

 通常、調教という行為自体主人らの意向を中心に据えるため、その行為を自ら楽しんでもらうために、アクトーレスらからの情報は望まれない限りめったに開陳することはない。アクトーレスはあくまで主人の補佐であり、ときに主人を犬から守るためのが役目だからだ。そして、「犬」に人間らしい幸福を彼らに与える役目も義務もない。

 だが、「犬」であれ、「主人」であれ、それこそ「アクトーレス」、ヴィラのスタッフであっても、それぞれが幸福を感じられるようになってほしいとはどこかの片隅では思っている。

 夜空を見上げると、奇しくも新月、再生と再出発の夜だった。


         
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